「ヒト・モノ・カネの国際間の流れを自由にするために、障壁を取り払い、世界各国の政治や経済の流れを良くしよう」とするグローバリゼーションという言葉が一般的な用語となって普及した背景には、1989年の東西冷戦終結とその後の東ヨーロッパの自由主義経済への参入があった。そして、ソビエト連邦が崩壊した1991年以降、覇権国家となったアメリカでは1992年の大統領選に勝利したビル・クリントンが、新自由主義を基本とした「ワシントン・コンセンサス」と呼ばれる対外戦略を構築し世界へ展開していった。
この「ワシントン・コンセンサス」の内容は、財政赤字の是正、補助金削減などの緊縮財政、税制改革(累進課税の緩和)、金融改革、競争力のある為替レート、貿易自由化、資本取引の自由化(外資導入の促進)、国営企業の民営化、規制緩和、所有権の確立(外資の保護)からなり、当初はソ連崩壊後の社会主義、共産主義、発展途上国を適用対象としていた。さらに1997年から1998年の東アジア通貨危機などでIMFに借り入れを依頼してくる国には、これらを条件として、アメリカ的なルール、アメリカ化を図る政策理念を浸透させていったⅰ。
歴史的な視点で言えば、グローバリゼーションは近年だけではなく大昔にもある。
我々人類の祖先であるアフリカのたった一人の女性から世界へ拡がっていったという「ミトコンドリア・イブ仮説」があり、これをグローバリゼーションのはじめとする考え方もあるが、民族や国境を越えて貿易や投資の拡大、資金や人の移動の活発化という意味におけるグローバリゼーションでいえば、13世紀のモンゴル帝国の支配下にあったシルクロードの交易、15~16世紀の大航海時代におけるヨーロッパの宣教師や商人による宗教と商業の世界的ネットワークが挙げることができる。
19世紀に入り社会統計が整備されると、そうした数値をもとに1870年代から1914年の第一次世界大戦までの間が「第一次グローバリゼーション」と呼ばれるようになる。グローバリゼーションは貿易依存度を押し上げ、各国経済における輸出や輸入の比重を大きくする。この時代、イギリスでは1913年の約30%をピークに第一次世界大戦と世界恐慌、第二次世界大戦を経て1950年代は20%台前半を推移していく。日本では、明治維新を機会にグローバル経済に組み込まれることとなり、第一次世界大戦までに急上昇を遂げ1920年にピークとなる15%を超えたⅱ。 このようにグローバリゼーションは、世界をまるで一つにしたかのように相互依存関係の結びつきを強める。
Robert C.Feenstra and Alan M. Taylor
『International Trade, Third Edition / International Economics, Third Edition』
「こうした相互依存の関係によって世界が平和になる」という学説が、政治学の分野でも経済学の分野でも存在する ⅲ。先に述べた第一次グローバリゼーションでも、冷戦終結後の第二次グローバリゼーションでも、国境を越えて経済活動が行われるためには平和であることが不可欠な要因ともいえる。
また、グローバリゼーションを推し進める方策として、自由貿易が挙げられる。この自由貿易の手法は、競争によって生産性が向上する、産業を特化することができる、国家間の協同や協力を促すといった、ポジティブな効果があるといわれている一方で抱える課題も多い。
先ほど「グローバリゼーションによる相互依存の関係によって世界が平和になる」という学説を述べたが、グローバル化が進展していくと先進国と新興国の対立が次第に激しくなっていく。19世紀にはイギリス、20世紀にはアメリカに対し、それぞれグローバリズムの波に乗って急成長した新興国は19世紀のヨーロッパではドイツ、アジアでは日本、そして現代の第二次グローバリズムによって急成長を遂げたのは中国であり、これらの新興国の経済が成長すると軍事力も増大することとなる。結果、新興国の台頭により世界の秩序を変えようとする力が大きくなり対立が深まるといった、「グローバリゼーションによる相互依存の関係によって世界が平和になる」という学説の矛盾も生じることとなる。
さらには、グローバリゼーションは、国による経済政策の多様性を失わせる。トーマス・フリードマンは「レクサスとオリーブの木」という本の中で、規制緩和や民営化、行政改革や緊縮財政、関税や輸入制限の撤廃などの政策を、政府に対する「黄金の拘束服」と例えた。
そして国内では、持つ者と持たざる者の差が拡大する「格差社会」を生み出すこととなる。
図表ⅳは、各国の上位1%による所得占有率の推移を表したものだが、2012年時点でアメリカのトップ1%が約20%の富を独占している。同じように第一次グローバリゼーションの時も高い水準で推移しており、これは1937年まで続いた。
では、このグローバリゼーションはどのような背景において発生するのか。近世ヨーロッパにおける大航海時代のときは羅針盤の進化や航海術の発達によって促され、第一次グローバリゼーションのときにはナポレオン戦争による国民国家の形成や産業革命による資本主義体制の確立によって、そして第二次グローバリゼーションは距離や時間を超越したインターネットの出現やスマートフォンなど情報端末の普及が大きな要因となっている。いずれの場合もそれまでの概念を覆すようなイノベーションによってもたらされる大転換期に起こる現象ともいえる。
こうしたなか、2016年の国民投票によるイギリスのEU離脱決定とアメリカ大統領選挙での共和党ドナルド・トランプ氏の当選は世界に大きな衝撃を与えた。そもそもヨーロッパ統合の歴史は、第二次世界大戦後の西ドイツとフランスを和解させる目的で設立された欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)から端を発し、その後の冷戦によってアメリカからの援助による西ヨーロッパの単一市場の構築、そして冷戦崩壊後のグローバリゼーションの波が押し寄せる国際社会のなかで加盟国による主権の主張を制限しながら超国家的な組織としてヨーロッパの存在感を示そうという機運が形成されるといった変遷をたどって、EUの設立、単一通貨ユーロの導入に至った。しかし多少の混乱はあったものの当初はグローバル化とEU統合が相互に影響を与えながら好循環を生んでいたが、次第に構造的な欠陥によって危機を招く事態となる。アメリカのリーマン・ブラザーズの破綻に端を発した金融危機が金融のグローバル化によってヨーロッパにも伝播し、さらにユーロ圏内で最も経済が脆弱だったギリシャにその影響が集中するというメカニズムによってギリシャの金融危機が引き起こされた。こうした問題をはらんだEUからの離脱を選択したイギリスと同様に、トランプ大統領の誕生という選択をしたアメリカも大きな転換期を迎えている。
ここで在エディンバラ総領事高岡望氏の著書の一文を引用する。
「歴史の大きな力がその姿を現すのは、社会のど真ん中にいる普通の人々、古い言葉で言えば『大衆』、最近の言葉で言えば『中間層』が、その感情を揺り動かされて、一斉に立ち上がったときだと思います。2016年のアメリカの大統領選挙は、まさにそのような存在である、トランプ氏が『忘れられていた男女』と呼んだ人々が立ち上がった瞬間であったと考えますⅴ。」
この引用文にあるトランプ大統領が就任演説で呼んだ「忘れられていたアメリカの男女」とは、まさにグローバリゼーションがもたらした、経済では格差、社会では移民、政治では軍事といった問題に直面する人々を指している。
これまでの覇権国家であるアメリカ、そしてEUを離脱したイギリス、いま世界の流れが変わろうとしている。ではグローバリゼーションがもたらしたこれらの負の部分をどのように解決すればいいのだろうか。グローバリゼーションが悪、反グローバリゼーションが善という単純なものではないことは容易に想像がつくが、イノベーションが今後もさらに加速する社会においては、グローバル化に抗うことは困難であり、またそれによってもたらされる恩恵があることも真実といえよう。
トランプ大統領が掲げる「アメリカ第一主義」といったポピュリズムも、行き過ぎれば国際社会からの孤立という結果を招く恐れもある。いまや世界は、金融や経済、人の往来のみならず自然環境の面でも強く結びついている。干ばつや寒波、地球温暖化による海面の上昇、海洋プラスチック問題、こうした諸問題にも全世界で取り組む必要がある。2015年国連で採択された持続可能な開発のための2030アジェンダいわゆるSDGsは、グローバリゼーションに対する一つの解であると私は思う。
今後の国際社会の在り方としてこうしたルールを新たに設けながら、そして日本においては、グローバリゼーションの長所を最大限に生かしつつ、大国であるアメリカや中国、ヨーロッパ、そしてアジアの近隣諸国の新興国との協力を強化することが求められていると考える。
ⅰ 菊池英博著『新自由主義の自滅 日本・アメリカ・韓国』文藝春秋、2015年.80頁
ⅱ 出典Robert C.Feenstra and Alan M. Taylor『International Trade, Third Edition / International Economics, Third Edition』
ⅲ エマニュエル・トッド ハジュン・チャン 柴山桂太 中野剛志 藤井聡 堀茂樹 著『グローバリズムが世界を滅ぼす』文藝春秋、2014.100頁
ⅳ 出典『The World Top Incomes Database』
ⅴ 高岡望著『グローバリズム後の世界では何が起こるのか?』大和書房、2018年.15頁